お小遣い稼ぎ第2弾

前回の記事で、アフィリエイトの開始を報告させていただきましたが、twitterでほかにもお小遣い稼ぎの方法はないかと調べていたら、「ポイ活」なるものの存在を知りました。サイト登録や、買い物をすると、数パーセント相当のポイントが還元される仕組みらしいです!ポイントは商品券などに変換できるらしいので、夢は膨らみますね!

これから買い物などをするときは必ずポイ活サイトを確認してからにしようと思います皆さんもポイ活、始めてみてはいかがでしょうか?

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hapitas.jp

 

 

お小遣い稼ぎ開始!

アルバイトで家庭教師をしているのですが、これだけでは、月4万円の収入です。ということで、所謂「ネットビジネス」というものに手を出してみようかと思い、とりあえずアフィリエイトを始めました。

まずはアフィリエイト最大手のA8netさんに登録してみました。どんどん稼ぐぞー!

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容姿偏差値のあげ方

まずは資産性の高いものから手を付けるべきである。つまり肉体そのもの。具体的には、整形や筋トレをする。これらは劣化スピードが遅く、本体を切り崩すことなく効用のみ生み出し続けるため、ストック型、つまり資産であると言える。次に服。そして最後に髪型や化粧である。化粧などというのは壱日限りのものであるから、資産性が極めて薄い。

この順番を逆にしてしまうと、化粧で無理をしているひょろがりでい続けることになってしまう。しかも、化粧代は払い続けなければならないのだ。何たる災難。まずは不細工なマッチョ、ひょろがりで服がダサいイケメンから入り、最後に身なりに気を遣えばよい。

そして服装も、センスを磨く前にブランド物に手を出してしまっては、ブランドのロゴで威張るファッションでおしゃれにになった気になるか、宝の持ち腐れを起こしてしまうかの二パターンが関の山であろう。まずはGU、ユニクロから入って可もなく不可もない服装で週7日回せるようになるべきだ。その後で、通販のプチプラファッションに手を出して個性を磨いてゆく。ここまで来てもブランド物に手を出すのは飛躍感があるので、セリーヌのコレクションを見つつ、実際の服はZARAでそろえる等、最後の前段階として実験を行ってからいよいよブランド物に手を出すのが良いだろう。

棘のある言葉について

鋭さを孕んだ、耳が痛くなるような言葉を「トゲがある」と表現することがあるが、どうせ棘のある言葉を聞くのなら美しい女性から聞きたいと思う。

女性の言葉の持つトゲは薔薇のそれである。耳が言葉を受け取る時、同時に僕の指は薔薇の棘に触れている。指先に走る痛みよりも先に、棘に触れられるくらいには高嶺の花に近づくことができたのだという恍惚が脳に届く。薔薇の花弁の色は唇の色だ。指先から流れる血の色は、薔薇の色と同じくらい、鮮やかで深い紅色をしているだろうか。動く唇を見つめることしかできず、それを確認する術もない。

デュエルマスターズで連続起業の論理を学んだ話。

僕とデュエルマスターズ

あなたの小学校ではどちらが流行っていただろうか。遊戯王デュエルマスターズ
僕の学校では後者だった。
小学校四年くらいまでは、上級生が講演の広場を占有してやっている小難しそうな何か。程度の認識で、どちらかといえばあまりいい印象は持っていなかったのだが、とうとう自分の学年にも流行が波及してきた。そんなタイミングで、友達がなぜかカードを僕に譲っていくれたことがきっかけでカードゲームなるものと接点を持つこととなった。
皆さんもご存じの通り、カードゲームで使うカードはおもちゃ屋で買う数枚セットの「パック」なる個袋で手に入れるのが正規ルートだ。裕福な家の子はお父さんやお母さんにパックをたくさん買ってもらい、細心の強い、ラメ加工の入ったかっこいいカードを手に入れるのだ。お父さんがパックを「箱買い」してくれたんだ!というのが、小学五年生の語りうる武勇伝ではかなり偉大な部類に入るのだった。僕はといえば、お風呂掃除や食器洗い、お買い物の手伝い、などで稼いだお金を握りしめ、週末ブックオフに「渉猟」に出かけた。これはなにもパックからレアカードを手に入れられる期待値を考えての行動ではなく、単純に同級生に比べてお財布事情が厳しかったからだ。しかし、この選択はプラスに働いた。みんなが見向きもしなくなったようなシーズン遅れの、しかしながら使い方によっては未だに強力なカードが、10mはあろうかという棚に所狭しと並べてあるのである。一枚一枚カードを取り出してカードの説明欄を読み込み、気に入ったカードを見つける作業は、ちょうど砂金最終のようで楽しかった。しかも、こうした、一度子供たちから忘れ去られたお古のカードをうまくデッキに組み込んで使いこなすと、友達からそれなりの注目を浴びれるのだった。こうして、狩猟採集の本能と承認欲求が満たされるのに幸福感を覚えた僕は、家の浴室やキッチンでの「労働」をカードに次々変換していった。

こうして、デュエルマスターズはお金の使い方を教えてくれただけでなく、今まで学校で孤立気味だった僕にたくさんの友達と、毎日の放課後の楽しみも与えてくれた。そして何より嬉しかったのが、大会で優勝したことである。同級生みんながパックを買いに行く地元の商店街のおもちゃ屋では、最上階(といっても屋根裏部屋のような場所で薄暗くて埃だらけだった)では、毎月、小中学生向けのデュエルマスターズの大会が開催されていた。参加人数は30人くらいで、ここで優勝すると非売品のデッキケースやプレミアムカードがもらえる。習い事が一緒の他校の友達に誘われ、僕も「デュエマ」を始めて半年後位に参加してみた。運動会やユーモアで人を沸かせるような立場ではなかった僕にとって、頭脳で勝負できながら、勝ち進めば同年代の少年たちから羨望のまなざしを受けることのできるこの場所は輝いて見えた。しかしながら、大会優勝者はたいてい、お金持ちの家の子で強いカードで出来を固めた子か、年齢制限ぎりぎりで出場している、カードオタクに片足を突っ込んでいるような上級生だった。そんな中で僕は、中古のカードだらけで構成した、流行りやセオリー丸無視のデッキで毎回挑み続けた。ついに決勝戦まで進み、周りを取り囲む観客の中で勝ちを修め、終了後に「意味不明」なデッキの構成や闘い方を彼らに訊かれた経験は、勝負の楽しさや、持たざる者として工夫を重ねて勝つことの快感を教えた原体験として今でも自分の記憶にしっかりと刻まれている。

彼とデュエルマスターズ

しかしながら僕はここで、そんな自分よりはるかに「持たざる者」でありながらはるかに頭を使い、はるかにかっこよかった人物、そう、本稿の主役を登場させなければならない。
一度カードゲームから脱線して彼の素性について書いておこうと思う。
彼は小学生男子にいがちなやせ型体型の同級生と比べてもかなり痩せており背丈も低め、何か月も切っていない髪の毛を無造作に垂らしていた。しかも、片親だから裕福ではないのか、着ている服や持ち物はボロボロだった。しかしながら、頭が非常にキレる子でよく弁がたち度胸もあったので、学年のボス的な存在だった。人望もあったので、先輩や同級生からおもちゃやお菓子を譲ってもらって毎日楽しそうに公園で遊びまわっていた。
話をカードゲームに戻そう。
①彼には当然新品のカードを買う財力はないどころか、僕の様に中古のカードを買うお金すら持ち合わせていない。ではどうするかというと、持ち前の愛嬌や友達の面倒見の良さで、先輩や友達からカードを譲ってもらうのだ。
②そうはいっても集まるカードはがらくたばかり。そんなカードや、なけなしのお金で買った中くらいの強さのカードを40枚かき集めてデッキを何とか作るのだ。彼は、そのデッキを友達との日々の勝負の中で改良を重ねる。
③そしてある日、試合をするといって公園の中の見晴らしのいい広場に同級生や上級生を集めたのだ。そしてお見事、彼はあんなガラクタだらけだったカードに工夫に工夫を重ね、次々と挑戦者を打ち負かすのだ。
④次に何をするかというと、そのデッキを、さっき打ち負かしたデッキ(+数枚のおまけ)と交換してしまうのだ。
⑤交換相手は「最強のデッキ」を手に入れて喜ぶのだが、ガラクタから「最強のデッキ」を生み出せる彼の手にかかれば、交換で得た普通のカードと補完お手持ちのカードでデッキを再構築すれば「さらに最強なデッキ」を生み出せてしまう。
⑥かれは以上のステップを何度も重ねた後、ついに例の大会へ進出するのだ。そして当然のように決勝まで勝ち進むのだった。実は彼もこの大会の優勝常連者だった。しかし彼自身は、優勝は「さも当然」という様子で、刺して喜びもしない。この後に彼がとる行動は天才的である。
⑦彼はまず、いつものように、優勝デッキをさらっとカード数枚と交換してしまう。さらに、優勝景品としてもらえるプレミアムカードさえその場で交換してしまうのだ。
⑧彼は、大体、優勝景品を受け取ってから5分もしないうちに交換まで済ませてしまっていた。彼が優勝することを知っている人たちは、大会が始まる前から彼に声をかけ、交換の条件を決めてしまっているのだ。プレミアムカードは非売品なので、お金を出して強いカードをたくさん持っているが大会では絶対に勝てない子からしたら喉から手が出るほどほしい代物なのだ。その欲望に応える形で彼は、ブックオフに行けばガラスケースの中に「¥5000」という値札と一緒に丁寧におかれているようなレアカードを手に入れてしまうのだ。
⑨次に彼がとる行動は、もう書くまでもないだろう。

デュエルマスターズと起業

以上の彼の行動は少し抽象化してみるとスタートアップのアナロジーになっていないだろうか。
①まず、人間力と行動力でカード(種銭)を集め、デッキ(会社)を作る。(起業)
②次に、皆は見逃している戦術/カードの使い方を発見(ゼロトゥワンbyイーロンマスク)し、そのアイデアの上でPDCAサイクルを放課後に公園で回す(リーンスタートアップ)。
③そのデッキで勝ちを重ね(PLを立てて)、デッキの価値を高める(会社のバリュエーションを上げる)。この③自体、観客の集客とコンテンツ創造という観点から見れば非常にマーケティング思考がうまいと言えると思う。
④デッキをまあまあ強いカードと交換する。(会社の売却、スモールM&A
⑤得られたカード(事業資金)をもとに次のデッキ(会社)を作る。
⑥そのデッキで大会で優勝する。
⑦再度デッキの交換(会社売却)
潜在的売却先まで用意している周到さ。
⑨以下、上記のステップを繰り返しながらデッキを強くしていく(会社を大きくしていく)。

僕が連続起業のスキームを知ったとき、なぜか見覚えがあるなあと思ったのだが、記憶を丁寧にたどってみるとこれに行きついた。
デッキごと交換してしまう人など、彼以外にみたことはなかったし、当時の自分も「信じられない」といった感想を持っていたが、これは、起業家以外の人に「会社を売る」と言った時に不思議そうな顔をされるのと似通っていないだろうか。
ちなみに彼はデッキ構築のアドバイス(経営コンサル)は無償でやってくれた。情報商材野になることはなく、無償で周りの人間にノウハウを提供するところまで含め経営者気質といえるだろうか?


ちなみに僕は優勝景品のプレミアムカードは未だに衣装ケースの奥にしあってある。(いつかプレミア価格つかないかなあ) 

初めて買ったCDの話。西洋思想との接触。

イントロ 

 テレビで、アーティストや芸能人が初めて購入したCDについての話をしていることがある。僕もそれに倣って、小学生の時に自分のお小遣いで初めて買ったCDについて書いてみようと思う。「初めてのCD」といっても、ほどなくしてストリーミングサービスの嵐がやってきたので、手持ちのCDの枚数がそもそも一桁しかないのだけれど。 

 出会い 

小学生の時、スマップスマップという番組を毎週見ていた。アイドルグループのスマップがコントをしたり料理をしたり様々な企画に挑戦したりする番組で、週毎に内容は異なるのだが、番組の最後に曲を歌うのだけは固定だった。当時小学生だった僕はコントやショートドラマのような企画を楽しみにしており、正直言って番組の最後の曲の演奏は蛇足のように感じてしまい、最期まで見ずにチャンネルを変えることがしばしばあった。(スマップの本業は歌を歌うことではあるのだが...) しかしある回で僕はこの最後の曲の演奏の枠に釘付けになる。その週は、海外からゲストを呼ぶ回だった。その「海外の歌姫」の名はレディーガガである。日本文化が好きという彼女は、神輿を模した乗物を降りて登場し、大きく開いた背中には当て字で「我我」と書かれていた。海外から来た、異様な格好の女性アーティストに僕は曲を聴く前からひきつけられてしまった。レディーガガは、日本の小学生男子がそれまでに遭遇するはずもない何かの塊だった。 

 Born This Way の衝撃

 肝心の曲は何だったかというと、「Born This Way」。その曲名、そして彼女の背中に描かれた「我」の字の通りに、その曲ではひたすらに個性の礼賛がされる。 例えばサビではこんな調子である。 「I’m beautiful in my way. ‘Cause God makes no mistakes I’m on the right track, baby I was born this way」 奇抜なパフォーマンス以上に、私は画面に表示される日本語訳を食い入るように見つめた。これほどまでにド直球で力強い個性の礼賛に当時の私は初めて出会った。より衝撃だったことはさらに2つある。1つは上記の歌詞の中にも見える「神」の存在である。神の存在を当然のように前提としていることはさることながら、神が人間を創造したことを根拠に、神の被造物である人間の尊厳を認めようと唱えるこの歌詞で、私は西洋の素朴なキリスト教的価値観と出会うこととなったのだ。それまでの神のイメージとは、妖精や仏に近いような、得体のしれない超越的なものとか、怪しい宗教団体の唱えるもの、くらいのイメージだったから、創造者としての神という考え方と、その全ての超越と我々人間個人を直接に結びつけてしまうという一神教的な思想はあまりに衝撃だった。 2点目に衝撃だったことは、個性の礼賛としての多様性の尊重の姿勢である。2番以降の歌詞では、LGBTへの賛意が評されている。私は、この曲で初めて総性愛者の存在を知った。 

 CDの購入 

こうして私は、パフォーマンスやメロディーもさることながら、キリスト教的価値観やリベラリズムの思想を私にもたらした歌詞に大いに惹かれた。番組も録画してあったので毎晩見ていたし、YouTubeでもミュージックビデオを繰り返し見た。「Born this way」の訳を親にだずねて、そのニュアンスの訳出で困らせた記憶がある。 Youtubeやネットでレディーガガの楽曲や彼女自身について調べるようになった私は、そのとりこになり、CDを買う決意をした。皿洗いや風呂掃除などの家事の手伝いで10円ずつコツコツためたお金を握りしめ、母の働くホームセンターの二階にある小さなレコードショップでアルバム「Born This Way」を購入した。 家族で出かけるときは必ず車で流してもらい、家でも何度も聞いた。幸い、このアルバムはなかなかの名盤で、1年間くらいは飽きることなく隅々まで聴くことができた記憶がある。

 アウトロ 

今私はもっぱら洋楽ばかり聞くが、思えばこの曲、アルバムがその入り口であったし、西洋の思想に触れたのもこの曲を通してである。 今はストリーミングサービスで音楽を聴く時代である。これは聞き手側だけの話ではなく、アーチストの側にも変化が起こっていて、昔のように数年に一度渾身のアルバムを発売するのではなく、数か月おきに1曲ずつリリースするやり方が主流となりつつたる。こうしないとリスナーに忘れられてしまったり、はやりを取り入れた音楽を作ったりできないからである。しかしそんな時代だからこそ、消費するように音楽を聞くだけではなく、名盤と呼ばれるようなアルバムを、その収録順なんかにも思考を巡らせながら、丁寧に聴くのもたまにはいいのではないかなと思う。